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な、なんと、このホームページの筆者がラジオに出演いたしました。

2005年9月5日(日)
NHKラジオ第一放送
「地球ラジオ」という番組の「世界遺産の街から」という コーナーです。

http://www.nhk.or.jp/gr/

5分程度ゴレ島についてお話をしました。といっても、ダカールにある自宅から電話で参加したというだけですが、緊張しました。 

まずセネガル時間の8時半に電話がなりました。家族一同緊張の糸がピーン。。
「もしもし、こちらNHKです」「あー、はいはい。」

おもわず仕事をしていた昔ののくせが残り(当時はNHKエンタープライズさんとやりとりする機会があったのだ)
次におもわず、
「お世話になっておりますー。」といってしまった。口からでた意味不明の言葉に1人で頭が真っ白に。
「そちらの天気はどうですか?」
「晴れています。」 そして会話が続かず、しーん。
むこうもみかねて「こちらは雨です。」...しーん。
焦っていると、
「こちらの音声はよく聞こえますか?では、もう一度出演前に電話いたします。キャスターの挨拶のあと、会話にはいってください」
とのことでした。
いやー、良かった。これは回線の状況を確かめるためのテストだよ、テストだよとほっとしていたら、そばにいた家族一同、「もうこの会話のやりとりの反応がよくないとかいって、次には電話かかってこなんじゃないのー」と脅される始末。

ちょっとあなたたち、ちゃんと応援してちょうだいね。

そしてちゃんとかかってきました、2回目の電話。
説明どおり、出演の数分前からかけてくれました。番組に流れている音声を電話で聞くことができ、NHKらしい格調の高いニュース報道や、NHKのアナウサーらしいトーンでおはなしをされるキャスターの会話がもれきこえてきて、だいぶ緊張をしたところで、キュー!

話した内容は負の遺産であるゴレ島なので、笑える話もなく、淡々と過ぎたという感じです。やはり、緊張しまくる素人さんを相手に何人もやりとりしているキャスターさんは、話題が途切れると話をふってくれたり、あまりおもしろくないところで声をあげて笑ってくれたり、嬉しい限りでした。この話がきまってからは、うちの親戚中に「ラジオでるよー、でるよー」と言いふらしていたのですが、自分の親はその5分間生きた心地がしてなかっただろうなと思い、次回からもし同様の依頼があったら内緒で出ようと思いました。

そもそもは、私のホームページをみた番組の担当の方からメールをいただいたのがきっかけです。想像するに、世界遺産のコーナーを担当されていらっしゃるスタッフの方が、「世界遺産」というキーワードで検索し、私のホームページにたどりついたものだと思います。

日本の放送時間にあわせて話してくれる海外在住の日本人で、かつ世界遺産の近くに住む、となると、出演者探しも大変だとのこと。特に放送時間は日本時間の夕方のため、アメリカ、南米などは真夜中近く、これらは海外在住の邦人の方が多い地域ではありますが出演をお願いするのがなかなか難しいそうです。

なんか、緊張しちゃって、つっかえちゃったりして、依頼してくださったご担当の方には申し訳ないかぎりです。デモ、ちょっと楽しかったな。
海外で日本語のラジオ放送を聞きたい場合には、短波ラジオをもっていくと便利ですよ。
この番組も短波ラジオで聞くことができます。




お話した内容。
放送終了後になんと会話がダウンロードして聞けちゃうんですね。
キャスターさん:
「おはようございます!まずは、お住まいのダカールはどんなところですか?」
私「パリダカールラリーの終点地として有名な、西アフリカの西の端に位置する海辺の町です。街を歩く女性たちの鮮やかな色のアフリカンドレスが華やかで、楽しいです。また、伝統的な工芸品のお店もたくさんあって、文化的にとても豊かなところです。街では,バナバナと呼ばれる行商人が,食べ物から日用品まで、ありとあらゆる商品を手に持ち、声をあげたりしてて、本当に活気のあふれる街です。」
キャスターさん
「ゴレ島」ですが、どんなところなんですか?
一周2キロほどの小さな島で、街の船着場からフェリーで20分と、自宅からも近いです。実は4日前も行ってきました。今では観光地として整備されていて、あちこちに残っている奴隷貿易の頃の建物を見て回れます。船に載せる前の奴隷を収容していた「奴隷の家」といわれている建物や古い要塞は、今は博物館になっています。昔のフランス総督府や、第二次大戦の頃の砲台跡。そこへ続く坂道の脇にはサンテクジュペリの「星の王子様」で有名になったバオバブの並木道もあるんです。ちょっと褪せたピンクのコロニアルカラーにつつまれた、植民地時代の住宅なども残っていて、すこし歩いていると、タイムスリップしたような気がします。
キャスターさん
「見所はどんなところですか?」
私「奴隷の家」は是非一度足を運んでほしい場所ですね。上の階は奴隷商人が住み、1階部分は奴隷が集められていた所なんです。体重測定の部屋、男部屋、女部屋,子供の部屋と別けられた暗い狭い部屋に入ると息が詰まりそうです。らせん階段の下の狭い暗闇は,お仕置き部屋として使用されたそうです。ネルソンマンデラ氏も、ここで長い間お祈りをささげていたそうです。一階にある、建物の正面にぽっかりと空いた出口は、「帰らざる出口」と呼ばれていて、この暗闇を抜けても船の中、また新大陸でのつらい生活が待ち受けていたという悲しい歴史を感じさせます。
キャスターさん:多くの人が訪れるんですか?
私「各国から観光に訪れる人は多いです。特に、ヨーロッパからの観光客が多いのですが、中には自分たちのルーツをさがしに来たアメリカからの黒人の観光客もいます。「奴隷の家」を訪れて、自分たちの祖先がここからアメリカに送られてきたのかと絶句している姿を目にしたことがあります。」
キャスターさん「島には何人くらい住んでいるのですか?」
私「そうですね、島に住んでいる人は1000人程度で静かなところですが,学校などの教育機関もあり,観光客やレジャーを楽しむ家族も多いので、ダカール市街と島を行き来するフェリーはかなり込みます。船着場あたりは潮も高いし,みんな船の上の階へいきたがるし,船は大揺れでかなりスリリングです。(キャスターさん、ここで笑ってくれた。。。。やさしい)」
キャスターさん「地元の人々にとってはどんなところですか?」
私「意外や意外、観光客とは違い、近隣に住むセネガル人にとっては、ゴレ島は楽しいレジャースポットなんです。夏の暑い時期になると、チェブジェンといわれる野菜と揚げた魚の炊き込みご飯を持って、家族で海水浴に訪れる場所です。週末には、ダカールからのレジャー客で賑わいます。」
キャスターさん「いろいろと歴史的な意味があるんですね。」

そうですね、今回は3歳の子供を連れて行きましたが、今はまだ小さなトンネルがあったとしか理解してませんが、大きくなったら歴史的な意味があったんだということを理解していってほしいなと思っています。

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